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本多忠勝
(ほんだただかつ)
徳川四天王の一人。
名槍「蜻蛉切り」を引っ下げ、
戦場に出ること57回、
先陣に有りながら、かすり傷一つも
受けがないがため、
鬼神の如き勇将と称される。
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天正十八年(1590)の小田原征伐後、関八州を支配下においた徳川家康は、本多忠勝を十万石で大多喜に送った。忠勝は旧城根古谷城の脆弱さに、家康の許しを得て新城を築いた。それが大多喜城である。本多氏のあと城主は移り変わり、阿部正春が城主であった元禄十二年(1699)には幕府の命により大改修が行われ、規模は縮小された。同十六年には松平正久が城主となり、以後九代が継承されるが、慶応四年(1868)の鳥羽伏見の戦いでは、政貭が幕府郡の総督として指揮を執り、官軍の前に大敗を喫する。結局この勝敗が維新の大局を決し、大多喜城は程なく廃城となる。
本田忠勝リンク
蜻蛉切
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